ツバキの楽しみ方
〜椿園を見学するヒント〜


2 千利休の高弟たちと椿

 ツバキ愛好は茶道と密接に関わっています。ツバキは冬の茶花として大変重宝されたからです。
 そして茶道を確立した人物といえば千利休。彼の弟子には多くの武士がおり、武家茶道が発展していきます。
 やがて茶道に通じた大名たちの国許で、多くの園芸品種が生み出されています。
 
 では千利休の弟子にはどんな人物がいたのでしょうか
 
 蒲生氏郷 信長・秀吉に仕え、会津に領地を得て将来を嘱望された武将でしたが若くして亡くなります。
 細川忠興 細川家は室町時代から続く名門。肥後藩(熊本)の初代藩主。          肥後ツバキ
 古田織部 織部流茶道を興します。出雲松江藩松平不昧公はその流派を受け継ぎます  出雲ツバキ
 芝山監物 
 瀬田正忠 豊臣秀次に連座
 高山右近 キリシタン大名。信仰を捨てずに地位を失う。一時期加賀前田藩に身を寄せる。 加賀ツバキ
 牧村兵部 
 織田長益 信長の弟、有楽流茶道の祖で別名有楽斎。太郎冠者(有楽)を好んだという。  有楽ツバキ
 荒木村重 信長に叛きますが、後に秀吉のお伽衆となりました。
 前田利長 前田利家の子で加賀藩初代藩主。       加賀ツバキ
 有馬豊氏 筑後久留米藩主。久留米は植木の産地。情け有馬の水天宮の社紋も椿です。 久留米ツバキ
 金森長近 信長、秀吉、家康に仕える。落語の祖であり、「百椿集」を著した安楽庵策伝は長近の弟。 百椿集
 

 ツバキの園芸化は茶花として京都大坂ではじまり、茶の湯の普及に伴って全国に広がっていったのです。

 純粋に鑑賞用として花を楽しむのは江戸が中心になりますが、少し後の時代のお話になります。